主の降誕
主の降誕おめでとうございます。2025年もクリスマスを迎えられたことに感謝です。何よりも昨年のクリスマスは西千葉教会と千葉寺教会の統合の中で迎えました。もちろん初めてのことで不安もあったのですが、ともに分かち合いながらこの一年を過ごすことができました。まだ様々な課題もありますが、それでもこのクリスマスの喜びによってさらに一つに結ばれ、信仰生活がより豊かなものとなっていくことを心より願います。
また今年は二十五年に一度行われる聖年を過ごしました。昨年のクリスマスから来年の主の公現の祭日までが聖年の期間ですが、「希望の巡礼者」をテーマに様々な企画がありました。西千葉教会は東京教区の巡礼指定教会の一つとなり、多くの巡礼者を迎えました。またわたしたちも徒歩やバスで巡礼を企画しましたが、個人的に巡礼された方も少なくないと思います。わたしも西千葉教会の巡礼だけでなく、青年たちとの巡礼にも参加しました。その中にはローマへの巡礼もありました。普段は訪れることのない聖堂で祈ることは、気持ちを新たにさせますが、他の教会の巡礼者を歓迎する姿勢に感動しました。もちろん西千葉教会もいろいろと準備してきましたが、わたし自身としてはもう少し巡礼者を歓迎する気持ちを持たなければならなかったのではないかと、反省しているところです。
でもそれは普段の信仰生活においても大切なことです。聖書にも旅人をもてなす記事があります(創世記18章)。厳しい自然の中で生活する人たちにとっては、旅人をもてなすことは大切なことだったのでしょうか。それでも見知らぬ人との出会いを神さまの恵みとして受け取るようヘブライ人の手紙(ヘブライ13:2)やローマの信徒への手紙(ローマ12:13)でも勧められています。確かに神さまの恵みを受けるためには、いつもそれを迎え入れる準備をしていなくてはなりません。またマタイの福音書にもありますが、その旅人はイエスさま自身なのかもしれませんから(マタイ25:31-46)。
最初のクリスマスであるイエスさまの誕生物語を読みますと、どうもこの世の中はイエスさまを迎える準備をしていなかったかのようです。それでも父なる神さまは救い主であるイエスさまをこの世に与えてくださったのです。そして今も恵みを注ぎ続け、わたしたちを救いへと導いてくださっているのです。もちろんわたしたちはこの事実を知っています。知っているからこそ、旅人をもてなすことが大切であることを実践しなくてはならないのです。いつも旅人を迎え入れるように、神の恵みを迎え入れることができるよう、何よりも恵みによってわたしたち自身とこの世の中がさらに豊かになっていくことができるよう、心より祈りをささげます。特に戦争や自然災害などで生活が脅かされているところに、豊かな恵みが注がれることを願い、今年のクリスマスを過ごしたいと思います。
