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「 食事会 」10年

プチ・フォワイエ

「 食事会 」10年
食事会一同

 

<第1金曜日ミサ後に昼食会>

「目下ほんの一握りの有志により、信者の交流を図るため、毎月第1金曜日のミサのあとで、教会のキッチンで作ったお昼を一緒にいただく会ができかかっています。
活動目的のない、のんびりゆったりした時間を分かち合おうというのが、あえていえば会の目的といえましょうか。

 7月5日の12時頃に、試食会をする予定です。

 お料理する方、試食をする方、買い物、後片付け、どんな形での参加でも大歓迎です。興味のある方は、第4日曜日(6月23日)の第2ミサ後までに地区名、名前、電話番号を記入の上、備付けの箱にお入れください。
6月26日(水)11時より、教会で、試食作りの打合せをする予定です。

連絡先 吉田(1地区)、多々良(2地区)」

1996年6月7日てくむより

 

 上記のような記事が「 週報・てくむ・1996年6月7日号 」に載りました。それから10年、今月の食事会はなんと、86回目を数えます。

 当時は「 食育 」という言葉も「 スローフード 」という言葉も流布していませんでした。ただ、数年前にピークに達したバブルの影響で、仕事に出る主婦がふえ、平日当然のように集っていた家庭集会や、各地域に出品物を割り当てて行われたバザーなどが成立しなくなりだした時期、誰もが忙しくなりだした頃。

 教会活動は、自主参加、自己選択が前提。たしか高齢の方たちの集いであったロザリオの会も、教会の組織としては消えたように記憶しています。そんな状況でしたが、いえ、あるいはだからこそか、随分沢山の方が初金のミサに与っていました。せっかく教会に見えたのなら、活動目的がなくとも、ホールに足を伸ばし、お茶でも飲み、そのままお昼を、1つ釜の飯を食べるのも、いいじゃないか、と始めてみたわけです。神父様が、お忙しくともご一緒してくださるのが、また何よりなのです。10年続くとは思ってもみませんでした。はじめの内はホールに来たものの主婦であった方々は、あたふたと、スタッフが動き回っているのに、自分たちが坐っておしゃべりしているのに、居心地の悪さを感じたようでした。でもそのうち、食事作りが嫌いなひとたちではない、本気で、すき好んでやっている連中らしいと、気がつかれたようです。

 まあ、そういうわけなのです。食材は許す限り国産のものを、吸い物、煮物のだしは、昆布と鰹節、あくとり、布巾漉しなども手を抜かず、見た目はさらに大切になど、相変わらずあたふたしながら、楽しんでいます。

 10年値上げもなく、毎回教会にガス代を支払い、かつ、黒字になれば、一粒会への寄付を目指し、ささやかながら食事会から献金できたことも、一同の喜びです。

 さてこの先、何年続きますか。食べてくださる方がいなくては、私たちの存在は滑稽なだけです。どうぞ皆様、今後もご 贔屓 ( ひいき ) に。