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神学生便り ~小道を歩けば~

プチ・フォワイエ

神学生便り
~小道を歩けば~
倉田 厚

 

 早いもので神学院生活も2ヶ月経ち、徐々に慣れてきたところです。

 ところでみなさんは、ミサ中の「 私たちの教皇ベネディクト16世 」には慣れてきましたか?

 コンクラーベ(教皇選挙)の前後、種々のメディアがさまざまな憶測を述べていました。新教皇は保守派か革新派か?などと騒ぎたて、あまつさえカトリック教会が聖霊に満たされ選出した教皇を『繋ぎ』だのと、好き勝手なことを言っていましたが、『信仰なき』情報に振り回されないように気をつけてください。教皇は聖ペトロの後継者です。保守であるとかないとか、このうえなくどうでもいいことです。聖霊に満たされた教皇が伝えるメッセージを私たちは味わい、噛み締め、聖書と聖霊の照らしに合わせ、主イエス・ キリストを生きていく。ただそれだけですし、種々の過ちも持つカトリック教会ですが、2,000年の歴史において、選び取った共同体性です。教会は共同体そのもののことであり、その牧者であるキリストの体です。

 教会の一員であるわたしたち信者一人ひとりが、キリストを証する成聖(神が聖とした人間に立ち返るを生きたかたちだと思います。この社会の中で、どうやって、「 世の塩、地の光 」となっていくのかを考えつつ実践する信仰を第一義にする。これが前教皇ヨハネ・ パウロ2世の中心メッセージでありました。

 ちょうど、前回の小林神父様の原稿が前教皇の力強さについてでした。教皇の力強い指導があればこそ、安心してキリストの道を歩むことができるのではないでしょうか。

 ところで、わたしは、若い神学生ですので、革新的だと思われがちなのですが、実際はかなり保守的です。(服装ジーンズ&襟なし)を思い出していただけるとわかるかと思いますが、いわゆるルールや形式は苦手な方ですが、形式の中に潜む本質的なことが大好きなのです。

 教会が選び取っている形式・体制は、今のわたしなどが及びもしない聖人たちが、祈りのうちに導いてきたものだと思っています。そこには本質的なものがちりばめられ、とても豊かな味わいがある。形式主義者ではありませんが、形式の中の本質を愛しています。例えば、祭壇のロウソクにも大切な意味があります。

 単なる照明でも、飾りでもありません。ミサに集うわたしたちの中心に臨在する主の象徴でもあります(たくさんの意味があります)。神は、すべての人が、神を信じ、与えられたいのちを十全に生きることを望み、すべてはそのために神が与えてくださる導きなのでしょう。

 最近は、サッカーをして体を動かしたり、先輩や同級生と夕食後に会合(酒の交わり)をもったり・・。交わりが広がってきました。「 どこに住んでいるの? 」と何度か尋ねていただいたので、住所を。

〒177-0052 練馬区関町東2-7-10
 東京カトリック神学院