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てくむ 2019年10月号

司祭のお話 てくむ 2019年10月号

ロザリオの月

福島 一基神父

 カトリック教会がなぜ10月を「ロザリオの月」とするのか知っているでしょうか。 「10月7日は『ロザリオの聖母』の記念日ですが、これは1571年のギリシア・レパントの海戦でキリスト教徒がオスマン・トルコ軍に対して勝利を収めたことを記念して、聖ピオ五世教皇(1566~1572)によって定められました。この勝利は、ロザリオの祈りによってもたらされた聖母の助けによるものであると信じられています。またレオ十三世教皇(1878~1903)は10月を『ロザリオの月』と定めました。」(カトリック中央協議会HPより)
 これを読んでなんとも言えない気持ちになります。それはイスラム教徒との戦いに勝利したこと、すなわち戦争が記念されているというのです。それもロザリオの祈りで戦争に勝ったなんて信じられません。きっとこの後の時代からは、戦争が起こればカトリック信者はみんな自国が勝つことを、そして敵国の敗北を願ってロザリオを唱えたことでしょう。聖母マリア様の生涯を黙想し、その模範を思い起こし取り次ぎを願うロザリオの祈りなのですが、それをなぜ戦争に結びつけるのでしょうか。マリア様が戦争に加担するなんて理解できません。ロザリオの祈りによって争いが終結し、自分たちにも敵国にも平和が訪れたのであれば話は別ですが。残念なことにいまだイスラム教とキリスト教は、それほど仲がいいとは言えません。
 しかしロザリオの祈りを懸命に唱えた当時の一般民衆に罪はありません。戦争と暴力という脅威にさらされながらも、その時代を祈りによって乗り切っていった民衆の信仰がロザリオの祈りに託されているのでしょうか。この素朴な祈りこそ記念されるべきものであると感じます。様々な問題や課題が存在する現代において、わたしたちもならうべき模範がそこにはあるのかもしれません。
 ご存じのとおり、ロザリオは繰り返し祈りをささげながら、イエス・キリストの生涯と、聖母としてキリストとともに歩まれたマリアの信仰を黙想する祈りの道具です。ロザリオという名前はバラの冠を意味します。そしてその玉は棘を表し、それは祈りによってバラの花に変わると子どもの頃教えられました。祈りによって茨の冠がバラの冠に変えられていくのです。自然災害や暴力、貧しさ、病気や孤独、疑いや争いなどの棘が満ちあふれている現代だからこそ、それを思い起こしながらロザリオを唱えなければなりません。そのすべてを美しいバラの花に変え、わたしたちの苦しみを豊かな実りに変えてくださる。実際苦しみが豊かな実りに変貌することを、わたしたちはキリストの受難と復活によって信じ、また知っています。だからこそ信仰の模範者であるマリア様とともに、素朴に、そして一途にロザリオの祈りをささげましょう。必ずわたしたちの不安を乗り越えさせる大きな恵みがあるはずです。