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てくむ 2019年3月号

司祭のお話 てくむ 2019年3月号

裏を見せ 表を見せて 散るもみじ

 江戸時代に良寛という和尚さんがいました。彼の辞世の句、人生最後の言葉は何か。それは次の通りです。
 『裏を見せ 表を見せて 散るもみじ』
 そして内容的には宗教心の極致をこの詩(うた)は示していると言える。
 『裏を見せ 表を見せて 散るもみじ』およそ物事には裏と表があります。表の部分、それは人に見せたい部分、自分の得意とする明るい部分。例えば、自分に子供がいて、その子供が立派に育っているということも、親として当然の表の部分に当たる。一方、同じ私にも裏の部分がある。外の人に見せたくない部分、ばれたら恥ずかしい、だから隠している。あるいは自分の過去の失敗、人から触れられたくない部分が人間には必ずあるものです。これが裏の部分です。人間は、裏の部分と表の部分をこのように持ち合わせています。表の部分を是非みんなに見せたい。一方裏の部分は隠したがる。だから、背伸びをするという事は誰にでもあります。良寛和尚の仰りたいことは、あの落ち葉は裏と表を持ち合わせていますけども、人間はとかく表の部分だけを見せようとして背伸びをしがち。ところがこの辞世の句の場合、物事には裏と表があり、両方自然にありのままを見せて、受け入れて散っています。良寛和尚は自然のままに、己への計らいがない、わざとらしさがない、もっと自然に生きよ、と語っているのです。
 今から45年ほど前、私は司祭になって最初に東京の徳田教会というところに行きました。徳田教会は何千坪という広い土地の中にある教会です。あるクリスマスの時、お隣の保育園の先生方のクリスマス会に招かれました。その時、参加者に何か出し物、手品などの演技を求められました。自分にも順番が回ってきました。昨年は同じ場面で手品をして失敗しているので、もうそれは出来ません。そうだ、最近カラオケの器械が発明された。たまたま数日前、その器械を手に入れたので、何か演歌を一度皆の前で歌ってみたいと思い、促されそれを歌ったのです。それは都はるみの『北の宿から』でした。「♪あなた変わりはないですか 日ごと寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます 女ごころの未練でしょう あなた恋しい北の宿 ♪」。自分でもびっくりするくらいよく歌え、盛大な拍手。私は興奮して、司祭館に帰ってからも、すぐには眠つけませんでした。数時間の後、ぐっすり寝入って朝方の事。あの歌がとつぜん耳もとで聞こえて来たのです。「あなた変わりはないですか、日ごと寒さがつのります」。都はるみの歌を誰かが歌っているのだ。ガバっと起き、布団を払いのけた。ところが誰もいません。自分自身が寝ぼけ、興奮して「北の宿から」を歌いながら、目が覚め、飛び起きたのです。
 それから2時間後です。朝のミサが始まりました。シスターが60人ほど来ています。ミサは進み、聖体拝領の時間になった。順番に一人ずつ、「キリストのおん体」と言いながら私は聖体を授け、一方聖体を受けるシスターの方は答えていた。「アーメン」と。何人かに聖体を授けているとき、「キリストのおん体」の「キ」が引っかかって、つい言ってしまったのです。「キタノヤドカラ」と。聖体を受けたシスターは「アーメン」と答えていました。
 人間は愛すべき愚者!(聖トマス・モア) 『裏を見せ、表を見せて 散るもみじ』