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てくむ 2018年11月号

司祭のお話 てくむ 2018年11月号

笑う門には福来る

 最近の新聞によると、笑いが絶えない家庭の人は長生きする、ということでした。そんな馬鹿な、と思う方もいるに違いありませんが、実は最近、科学的にそれが正しいと、証明されたそうなのです。アメリカの大学の研究室で15年間、700人の人を追跡調査したそうです。日常、どちらかというと明るい言葉を使う人、幸せとか喜び、愛、希望、満足、そういう明るい言葉を使う人の方が、使わない人、例えば不安とか、嫌悪感、怒り、妬み、憎しみとか、そう人よりも平均して数年長生きするということが証明された。一方、暗い感情の言葉、不安とか、嫌悪感、怒り、妬み、憎しみ、そういう言葉を用いやすい人は、10年ほど命が短い、ということが分かったそうです。そして、暗い感情の言葉を使う人、態度の人は痴呆とかアルツハイマーとか癌、そういうものに罹りやすいということが証明されました。
 何故、不安とか妬み、憎しみとか怒りとか、そういう感情を持ちやすい人が早死にするのでしょう。そういう人は、常にストレスを、自分の体に与えている。ストレスが多くかかると、体によくない。というのは、人間の体にはNK細胞というのがあって、NK細胞は、癌とか、病気に対しての免疫機能があるそうです。その免疫力が、ストレスがあると低下してしまう。免疫力が低下すると癌に罹りやすい、ということです。ですから私達は、普段、笑いとか、赦すとか、そういう言葉あるいは態度を、生き方で、おおいに明るい感情を表に出して、お互いに過ごしたいものです。
 ところで皆さん、私たちはかつて父なる神様から創られました。創られた理由は、いつも我々が、毎日の生活で不安におびえ、おどおどと苦しみにおののいて生きる為ではない。反対です。我々が命を与えられたのは、幸せに生きる為です。明るく喜びを持って、希望を持って生きる為です。のびのびと前向きに生きる為です。その為にこそこの世に生を受けたのです。ですから生を受けた以上、私達はみんな幸せに生き生きと生きる権利があります。ところが我々の生活は、得てして怒りや悲しみ、心配事でしばしば落ち込む時があります。その理由を煎じ詰めていくと、物事を絶対化してしまい、相対化できないからこそ不幸になってしまうということです。
 例えば、保険金殺人で身内の者を殺す、というニュースが載ってました。お金は大事です。しかし、あの世には持っていけません。お金すら絶対的な価値は無いということです。相対的です。相対的というのは数あるもののうちの一つ、であるということです。ところが人間というのは、得てして、物事をつい絶対化してしまうのです。お金の為にとんでもないことを仕出かしてしまいます。あるいは、中学生が目指す高校に不合格になり、港で海に飛び込んだ、そういう事件がありました。つまり彼はまだ、人生のことが未熟なので分かっていないのでしょう。その目指す学校に入ることが、唯一の人生の目標になってしまうのです。絶対化してしまうからです。その結果、不合格になったら、相対化できませんので、ああ人生はもう生きている意味がないという結論を下してしまうわけです。
 神様を信じるということは、この世で絶対的なものは神様のみ、それ以外はすべて相対的な価値しかない、ということに気付くことです。組織もイデオロギーも地位も財産も、更に自分すら、結局は、やがてすぐ死ななければならない相対的な価値しかない、限りあるもの、ということを自覚することです。この世のあらゆるものを、すぐ深刻にとらえない、振り回されない、相対化すること。すると生きることがずっと楽になります。心の余裕も生まれ、物事を相対化するからこそ、ユーモアもそこに生まれてくるはずであります。今日の御言葉に「私はブドウの木、あなた方はその枝である」、そうイエス様は私達に仰います。真のブドウの木であるイエス様から、たっぷりと霊的な養分を戴きながら、共に歩んで参りましょう、笑いのうちに。