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てくむ 2014年12月号

司祭のお話 てくむ 2014年12月号

ヨゼフの従順、そのすばらしき霊性

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 小さい頃、私はクリスマスの礼拝に出ると、なにかこう厳(おごそ)かな、そして心地よい深いよろこびが心の底からわき起こって来て、主のご降誕を心から喜んだことを思い出す。
 ところが司祭になったとたん、ちょっと心の変化が起こった。それは信者のみなさんが一生懸命心から主のご降誕をお祝いしているミサ中、「暖房は大丈夫かな、ロウソクは平気かな、教会周辺の駐車はちゃんとしているかな」、そういう裏方で働くことに心が行き、<司祭は人への奉仕職>と言うのはこういうことかと、雑事に追われるクリスマスをつい思い出すわけである。
 さて、クリスマスの後の主日は、全世界の教会をあげて聖家族の祝日になっている。聖なる家族、それはお生まれになったイエスさま、そしてこの世における養父であるヨゼフ、養母であるマリア。このお三方を思い起こし、感謝する日だ。
 スペインのバルセロナにある奇妙な形をしたサグラダ・ファミリア教会は、日本語では<聖家族教会>である。なんと作り始めが明治の初期の頃で、130年以上も前に起工式を行い、それがいまだに建設中だ。ここへ来てようやく、9代目設計責任者となったジョルディ・ファウリは、ガウディの没後100年にあたる2026年に完成予定と発表したが、もともと完全な設計図もなく、すべて個人の献金によってまかなわれていることなどから、あと何年かかるかは保証の限りではない。なんとも気の長い話だ。さすがにカトリックの永遠をスケールにしている教会を作る方法で、その教会の名になるほどと思う次第である。

 さてイエスさまがお生まれになる時、東方の国の星占いたちが異様な星の光を見る。これはなんだ。文献をいろいろ調べ、エルサレム付近に救い主がうまれた印とわかり、星に導かれて、三人の星占いたちはエルサレムにやってきた。三人はまず王様のヘロデを表敬訪問して、「お生まれになった救い主はどこにいますか。私たちは拝みにやって来ました」。自分たちがわざわざやって来たその理由を言う。
 するとヘロデ王は「行って、その幼子を探し出したら知らせてくれ。私も拝みに行くから」と言うが、これはとても危険な言葉だった。ヘロデ王は残虐で知られ、この言葉も口実にすぎなかった。もしそんな人間が生まれたら自分の王位が危うくなる。だから見つけたら殺してしまおうという魂胆だった。
 さて星占いたちはヘロデ王とわかれ、星に導かれてベツレヘムに着いた。そして馬小屋で、お生まれになられた幼子を探し当てると直ちにひれふして、持って来た贈り物<黄金、乳香、没薬>を、幼子に捧げる。
 ところがその後、星占いたちに夢で神からお告げがある。「ヘロデのところに帰るな。幼子が危ない」と。そこで彼らはヘロデ王を避け、他の道をとおってそれぞれ東の国に帰って行った。  なかなか星占いたちがもどらないので、ヘロデ王は自分は騙されたと気づき、猜疑心をつのらせる。そして残酷な命令を出す。ベツレヘムとその付近のすべての生まれたばかりの子どもは殺せ。直ちにそれは実行に移される。
 その時、ヨゼフに天使が夢をとおして現れ「ヘロデ王が幼子を殺すからエジプトに逃げなさい」というお告げを受ける。聖家族はタッチの差で生まれた場所ベツレヘムを脱して、エジプトに避難する。やがて時が経ち、神さまが夢でヨゼフに再び告げる。「ヘロデが死んだから、イスラエルに帰りなさい」。それに従って聖家族はイスラエルに着くと、更にヨゼフに夢でお告げがある。「ヘロデ王の息子アルケラオがユダヤ地方を治めているから危険だ」と。そこで聖家族はユダヤ地方を避け、北のガリラヤ地方のナザレまで行って、そこに住んだ。

 このみ言葉は、私たちになにを語っているのだろう。そう、イエスさますら、聖家族すら、イエスさまの誕生の時から、かくも毎日が不安と危険、ハラハラドキドキの連続の日々だった、ということだ。
 しかしそのつど、神さまから夢を通して指示が与えられる。そして間一髪で危機脱出する。その連続はまさに薄氷を踏む思い、それが聖家族の現実だった。更に驚いたことに、ヨゼフは夢で神様からのお告げがあると、即座に、なんの疑いもなく、直ちに従っている。そうして命の危険から逃れ進んでいくことができた。
 私たちも同じではないだろうか。毎日の生活を送っていると、たくさんのイヤなことがある。どうしても避けたい、と思うことが日ごとに起こる。私たちの日常は思い通りにならないことだらけ。ヒヤヒヤハラハラ。いい加減にしてほしい、とさえ思うことに囲まれている。どうか、そのつどヨゼフのように、祈りのうちに神の意志を聞きたい。そしてヨゼフのように、祈りを通して神さまのご計画を知り、神さまのみ心を嗅ぎ分け、それに聞き従いたい。新しい年も、皆様にとり神さまのお恵みに満ちた年でありますように。