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てくむ 2014年11月号

司祭のお話 てくむ 2014年11月号

背中の傷

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 ノーベル物理学賞に日本人3人が受賞という、よろこばしいニュースが飛び込んできた。権威ある賞であり、受賞者にとりどれだけ大きなよろこびか、おめでとうございます、と申し上げたい。
 でも私はふと、ノーベル賞の華やかさと正反対の生き方をした方のことを思い出してしまう。ひっそりと、名も知れずりっぱな行いをした人である。ふつうこれは<福音的生き方>という表現で示されるが、キリストさまが行ったように、地味ながら、ちょうどご降誕祭のあのベツレヘムの出来事のように、なにかその人を思い起こすと、霊的なかぐわしい香りを放つ、そういう存在と生き方に、私はつい思いをはせるのである。
   あれは私が二十歳の頃のこと。当時は悩み多い年頃で、人はどうやって生きていったら幸せなのか、どう生きるべきなのかいろいろ考えて、東京目黒駅の近くにある聖アンセルモ教会を訪れた。そしてどうしても自分はいつか洗礼を受けて信者になりたいと思って、要理勉強のコースに入った。担当はフランス人司祭のエミール神父、65歳だった。もの静かな方で、日本にきたばかりで日本語は不得手。従って、最初は二十人ぐらいいた求道者が毎週減って、最後の頃に残ったのは私ひとり。なぜ残ったか。私も言葉は分からないけれど、もし私がここでやめたら、神父さまはどれほどガッカリするだろう。そう思ったからだ。
 そもそもエミール神父は、フランスの片田舎でうまれた。農家の息子で、小学校6年生の頃、遊びに行った友だちの家に一枚の山の絵が掛かっていた。それは東洋の日本の一番高い山、富士山と知った。ああそうだ、将来司祭になってこの国に行こう。
 16歳で彼はベネディクト会修道会に入り、やがて司祭に叙階された。もちろん日本に布教に行きたいが、当時ベネディクト会は日本に宣教師を派遣してなかったので、せめて一番日本に近い中国に赴くことになった。そして中国の奥地の教会で、30年間働いた。その後中国は革命が起こり、社会主義政権になった。外国の宗教は禁じられ、外国人宣教師は数年の拘束の後、全員海外追放となった。それでやっと、エミール師は日本の土を踏んだ。63歳だった。それから日本語を覚えたのだ。
 いよいよ2週間後の復活祭で私の洗礼式となった時、神父さまから誘われた。「どこかハイキングにでも行きませんか」。そこで千葉県の奥の養老の滝に行くことになった。目黒駅から千葉、五井を通って乗り換えて、小湊鉄道で養老の滝まで行き、午後は川沿いに座って持参のおむすびを食べた。でも帰りのバスにはちょっと時間があった。看板を見ると、誰でも入れる温泉の案内があったので、私は神父さまを誘った。「温泉にでも入っていきましょう」。そして一緒に風呂に入り、日本人が先輩に対してよくやるように、神父さまの背中を流そうとタオルに石鹸をつけて洗おうとした時だ。師の背中に、妙なものがあった。それは、縦横にはしる無数の切り傷だ。「これ、なんですか?」と伺うと、「いやなんともないです」と、さかんに背中を隠そうとなさった。
 やがて私は洗礼を受け、そして神学校に入った。その3年後、神学校にニュースが届いた。エミール神父さまが亡くなった、と。
 私は目黒教会の通夜に出かけて、主任司祭の説教ではじめて知った。エミール師は中国におられた時、社会主義政権によって捕らえられ、5年間も牢獄に入れられたこと。その5年間拷問にあって、何度も生死の境をさまよったこと。あの温泉場で見た背中の傷は、実はその時の拷問の痕だったのだ。
 私は師からひと言も、そのようなことを聞いたことがなかった。目黒教会での勉強中、中国のことも時々話題になったけれど、それは中国の人々の心の広さ、中国の景色のすばらしさや雄大さばかりで、中国のマイナス的なことはなにも、全く仰らなかった。
 もし私がおなじ立場だったら、この時とばかり得意になって言いふらしたに違いない、自分の背中の傷の原因を。そして自分がいかにそれに耐えたか、得意になって吹聴したに違いない。なぜなら人間は誰でも自分が人から評価されたいという気持ちがあるからだ。誰でも「自分にもっと注目してほしい」という思いが深く必ずあるからだ。こうして私たちは人に常に愛を求めている。求愛しているのである。
 私が師から学ぶこと。それは背中の傷を私が見た時に、さかんに隠されたこと。師は傷を利用して自分を売り込むことはしなかった。神さま意外に何者にも求愛しないーー、その霊性のすさまじさを私は感じ取った。私たちはとかく鳴り物入りで自己主張をし、自分の存在をアピールしがちである。

 主イエスは仰った。
 「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである」(マタイ6・3-4)
 善いことをたとえ行うとしても淡々と、静かに隠れてやりなさい、ということだ。
 ノーベル賞の受賞者の華やかさに比べて、エミール神父の人生は地味であった。誰からも省みられない。しかし見る人が見たならば、なにかそこにそこはかとない、霊的な、かぐわしい香りが漂っている。エミール師の人生は、ときおり思い起こす、ベツレヘムのよう。
 神以外の何者にも求愛せず。