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てくむ 2013年8月号

司祭のお話 てくむ 2013年8月号

一本の牛乳

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 イエスさまは2千年前、この世に救い主として来られた時、当時のユダヤの人々にたくさんのたとえ話をなさった。その中で有名なものを「三つあげろ」と言われたら、おそらくその一つはこの「善きサマリア人(びと)」になるだろう。
 エルサレムからエリコへ向かう旅人が、追いはぎに襲われた。衣服をはぎとられ、半死半生の目にあった。そこにたまたま、通りがかった人がいた。
 まず、一人目は祭司だ。神に仕える人なのに、皮肉なことに見てみないふりをして、道の反対側を行ってしまう。次に現れたのは、レビ人だ。祭司に準ずる仕事をしている人たちである。ところがその彼も、ことの次第を見てスーッと、見てみないふりをして通り過ぎてしまった。
 三番目に通ったのは、サマリア人だ。サマリア人は、強盗に襲われたユダヤ人とは歴史的に仲の悪い部族だ。だからこの強盗に襲われた人をより徹底的になにかするかと思いきや、彼はロバから下り、襲われた人をなんと介抱する。傷にぶどう酒を塗り、包帯をして、町まで自分のロバに乗せ、宿屋の主人にあずけて言った。

 「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います」(ルカ10・35)

 誰が読んでも感動的な、この善きサマリア人の話は、たくさんのことを私たちに語っている。
 一つは、愛とは、分けへだてをしないこと。身分とか国籍とか性別とか、そういうものは一切関係ない。二つ目に大事なこと。それは、本当の愛とは、見返りを求めないこと。この善きサマリア人は一切見返りを求めていない。むしろ、自分のものをこの旅人を介抱するために、いろんな面で持ち出している。まったくの逆だ。
 そして三つ目に語ること。それは、愛とは、自ら損をすることである。愛とは実行・実践することこそ、なによりも大事であることを私たちに語っている。信仰には、祈りがまず基本だ。しかし、祈りだけではない。”愛の実践”に裏付けられた信仰こそ本物だということである。

 先日、40年前私が司祭になって最初に派遣された東京中野区の徳田教会の記念行事に行った。小一時間で行事が終わり、私は思った。「あ、昔お世話になった、あのシスターのお見舞いに行こう!」。
 神父になりたての頃、賄いの役を10年近くたずさわって下さった十歳年上のシスターが4年も入院なさっていると聞いていた。お目にかかると昔話に花が咲いた。「シスター、いつかこういう話をしたこともあったねえ」。「そうなのよ。私も非常によく覚えてますよ」。テニスのように会話を楽しんだ。

 それは、かつて会社勤めのOLだったシスターが、修道会に入ろうとして、入会のために「明日までに東京の修道会の本部に行かなければいけない」という日のことだ。当時名古屋は新幹線はなく、東海道線だ。朝のラッシュアワー、通勤と通学で、立錐の余地のないぎゅう詰めだ。車内は暖房と人の熱気でジトーッとしていた。彼女は通路の中ほどに立ち、暖房の熱気に疲れ、また明日から入る修道会の生活や将来への不安などで緊張していた。
 そこに、小さな出来事があった。窓際の席の小さい女のコが「水!水!」と、さかんにさっきから叫んでいる。ぎゅう詰めの列車内のことでどうしようもない。「もう少しがまんね」。お母さんは周囲に気兼ねし、おろおろとそう言うのが精一杯だった。
 さて、自分の後ろでさっきからずっと黒ジャンパーの青年が、大きく手を広げて新聞を読んでいた。この混んだ車内で、そう思っていたらいつの間にかある駅に着いた。すると突然、青年は新聞をたたんでシスターを突き飛ばし、列車から降りて行った。「もう少し丁寧に降りればいいのに」と思った。
 ところが、その数十秒後。一つのことが起きた。すわってるお母さんの窓のむこうで、一人の男が立って「開けろ、開けろ」と合図している。そこで母親が窓をあけると、さっきの降りて行った青年が牛乳を一本、窓越しに差し出した。それを親子に手渡すとそそくさと、名も告げずに去った。
 この母、この子の喜びよう。それは当然だ。母親は涙を流して「ありがとうございました、すみませんでした」。さかんに喜びの声をはずませていた。
 実にちっぽけな出来事だ。しかし、この母娘の悩みは一挙に解決された。通路に立っていたOLにとっても、大きな事件だった。これからの人生を不安と緊張で考える中で、この出来事に接して、不安はたちどころに吹き飛んだ。「そうだ、これだ!」。一生これから修道院に入って生きていくが、どっちみち、自分なんかたいしたことはできないだろう。でも、たいしたこともできない、と思い悩んだ時、あの青年のことを思い出そう。青年のささやかな行為は、自分の行く先を照らす光だ! そう決意をあらたにして、入会していった。