トップ >  信者の方へ >  司祭のお話 > 

てくむ 2012年10月号

司祭のお話 てくむ 2012年10月号

なぜと問うなかれ

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 つい先日、とても悲しいお葬式に参加した。わずか37歳で亡くなった大関さんという女性の葬儀ミサだ。彼女は10歳の男の子のお母さんでもある。 通夜も葬儀ミサも、たくさんの参列者で御聖堂がいっぱいになった。
 彼女は4歳の時東北の教会で洗礼を受け、お父さまの転勤で25年前東京に来た。14年前にご主人と結婚し、教会の婦人会の役員もする活発な方だった。ところが2年前、子宮がんを医者から告げられ、大きい病院で手術と入退院を繰り返し、数ヶ月前ついに死の近いことを医者から知らされた。初めは多くの人と同じように、心乱すことがあり、でも次第に「死」ということを信仰のうちに、冷静に受け止められるようになった。
 深い信仰を持っておられたので、神さまの与えてくださる永遠の命、復活の世界を心から信じ、肉体の死そのものは決して怖くないと、ハッキリ自分の口から言うようになった。延命装置を自らの意志で断り、そして最後まで「もう一度教会に行きたい。もう一度教会でお祈りしたい」と言った。その顔は平和そのものだった。故人はこのように、信仰のうちに「死」というものを冷静に、そして平和のうちに受け止めていた。

 ではなぜ、参列者があれほど多く、また式中あれほど多くの方々がハンカチを目にあてがい、嗚咽まじりの涙を流したのだろうか? おそらくそれは次の理由だと思う。
 いま日本人の平均寿命は、女性85.9歳、男性もほぼ80歳になっている。しかし目の前の、親しかった故人はわずか37歳。この現実の落差。それが頭では納得できない。そういう悲しみの涙ではなかったか。またご主人と、愛する一粒種の10歳のお子さんを残して、あの世に赴かなければならないという理不尽。その悲しい現実がもたらした涙ではなかったか。
 ところが、とうの故人は死をきわめて祈りのうちに、平静に受けとめて逝かれたことを知った時、私は思わず、若い頃読んだ一冊の本を思い出した。カヴィーツェルの『なぜと問うなかれ』という題名で、うろ覚えの内容は、およそ次のようだ。
 戦前のスイスに、愛し合う初老の夫婦がいた。ところが夫は、当時不治の病と言われていた結核にかかる。当時結核に薬はなく、ただひたすら栄養をとり安静にして、エネルギーを使わないようにしているほかなかった。そのために結核療養所・サナトリウムが各所にあり、そのサナトリウムに夫は入る。一方、夫人はあらゆる手を尽くして、夫の回復を願う。ところが、愛する夫はついに臨終を迎える。一生懸命祈ったにも関わらず、あらゆる手を尽くしたにも関わらず、だ。あまりの悲しみに、夫人は「主よ、主よ、なぜですか?」と、神さまに問う。すると、沈黙を守っていた天からかすかに声が聞こえて来る。「なぜと、問うなかれ」。

 つまり、神さまの永遠の計画、永遠の神秘の前に、我々人間は、手を触れてはならない。だからこそ、「なぜと問うなかれ」なのではないか。
 私たちの人生は、理屈にあわないことが満ち満ちている。なぜ神さまは私だけに、こんな試練を与えたのか? なぜ神さまは私だけに、こんな悲しい目にあわせるのか?
 ところが、理屈にあわないことと言えば、主イエスこそ、理屈にあわない人生であったと言えないだろうか。聖書をひもとくと、罪なき神の子イエスが十字架に処せられる、という理不尽。あの十字架上で主イエスが最期になんと叫んだだろう? 「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」。その問いに対し、父なる神さまは沈黙である。すなわち、「なぜと問うなかれ」だ。
 37歳で天に召された大関さんは、死を前にしてどうだったか? 救い主キリストは十字架上で命を捧げた時、その最後の最後の態度はどうだったか? いずれも共通している。理不尽な死、という運命の前に、最初はそれぞれ動揺はあっても、すぐにきわめて冷静になった。信仰をもって、その理不尽な運命を受け入れていった。神さまの深い計画に、全幅の信頼があったからだ。
 私たちの人生、その日常は常日頃、たくさんの納得できない悲しいことに出会う。しかしそのような時、そのつど、祈りと沈黙のうちに主のご受難、そして十字架を仰ぎ見よう。そして神さまの永遠のご計画の神秘の前に、我々は常に心の中で叫びたい。「なぜと問うなかれ」、と。