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てくむ 2012年6月号

司祭のお話 てくむ 2012年6月号

親の望む子の笑顔

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 先日新聞を読んでいて、投書欄のある投書に目が止まった。『安産は毛糸のパンツのおかげ』という少々妙な題だが、感銘を受けたのでご紹介したい。

 「高校生の頃、冬になると母は『女のコは身体を冷やすといけないから、はきなさい』と、いつも毛糸のパンツを私に渡した。かわいい下着をつけたい年頃の私は『いやだ!』。『着なさい!』。いつもケンカになった。でも無理矢理はかせられてるうち、手放せなくなり社会人になってもはき続けた。若い頃反抗した私も、いまは3人の子の母親になった。3人とも、なんのトラブルもなく大安産で生まれてきた。私が健康で、子宝に恵まれたのは、母のおかげだ。私も、たとえ大げんかになっても、娘に毛糸のパンツをはかせるつもりだ」

 これを読んだ私の結論は、「親が望むのは、子どものいまの笑顔ではない。未来の笑顔だ」ということである。
  昔、良妻賢母という言葉をよく耳にした。この投書主のお母さんは、まさに賢い母だ。子どもがどんなにいま、不機嫌になっても、拒否しても、この母親は子どもの将来を見越して、自分の信念を断固貫き通したのである。
  子どもは、みな同じだ。未熟で、人生経験がないから物の見方がせまく、身勝手。自分の好き嫌いで、安易に物事を判断する。親も先生も、この子どもの特徴を見抜き、わが子のため将来という次元から物事を判断して思いを貫く、そのこだわりが大事ではないか。
  いまはなんでも、子どもを大事にしたいという観点から、自由に子どもの判断にまかせることが多すぎて、ときどき危惧を感ずることがある。これは、親の責任の放棄とも言ってもいいだろう。

 この投書主のようなことを、実は私も経験している。それは戦後すぐの、私が小学校3年生の頃のことだ。
  私の父は、熱心なプロテスタントの信者だった。当然、子どもの私は無理矢理、朝8時の教会の日曜学校に毎週行かされた。私はそれが、いやでいやで、しょうがなかった。近所の子どもはみんな、日曜日の朝8時となればもう、外で野球をやっている。友だちの嬉しげな声が聞こえてくるのに、うちはキリスト教というわけで、私は日曜学校に行かされる。もう、とても辛かった。
  ある時、私は日曜学校をサボって、裏の路地で、近所の子と3人でベーゴマをやった。(註:ベーゴマとは、鋳物製の小さなコマ。洗面器に布をかぶせてピンと張り、コマを回し、相手をはじき落として残った者が勝つ)。それが楽しくて、楽しくて。ある日、日曜学校を休んで3回目ぐらいに、父にばれた。
  「ケイゾウ! なぜ日曜学校に行かないんだ!」
  そして、ガーンと殴られた。一生にただ一度、父から殴られた覚えはそれだけだ。
  ぶん殴られて、それからはやむを得ず、もう殴られたくない恐怖心から、日曜学校に通うようになった。動機は、イエスさまを愛してるからではない。殴られたくないから、こわいからだ。そしてその一年後、父は結核で死んだ。

 父は、わが子を殴ることを通して、結果的に私に信仰の大切さを教えることになった。そしてそれによって、私の人生の足場をしっかりと築いてくれた。憎いから殴ったのではなく、愛しているからこそ殴った、と言える。親が望むのは、子どものいまの笑顔ではなく、未来の笑顔である。
  おかげでいま、あの時は、親は理不尽だと嘆いたが、いまは殴られた事実を、もちろん笑顔で受け止めている。人生の一番大事な足場を、あの行為を通して築いてくれたと思うからだ。

 イエスさまは弟子たちに言われた。
  「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていなさい。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。」(ヨハネ15・1、4-5)

 単なる枝にすぎない私が、真のぶどうの木であるキリストにつながれている幸せを、いま思う。