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てくむ 2010年11月号

司祭のお話 てくむ 2010年11月号

千葉県 教会音楽祭の開催  -弱者への視点- 

主任司祭 パウロ 小林 敬三


 先日、さわやかな秋風が吹いた日の午後、千葉駅前の文化会館で毎年恒例の『千葉県教会音楽祭』が開かれた。カトリック教会とプロテスタント教会、県内13のキリスト教各派諸教会の聖歌隊が出演する大会である。
 日々聖歌の練習を重ねてきた出演者たちは、大ホールの檜舞台で力一杯おおいに歌った。わが教会の聖歌隊も、当番担当教会として一番最後に出演した。そして『今日こそ神がつくられた日』という難しい曲を、うまく見事に歌い上げた。
 いろいろの教会がそれぞれの歌や形で、同じ主イエスを賛美するこの集いはとてもすばらしかった。温かい雰囲気のうちに、最後にはハレルヤコーラスをホール内の全員起立で合唱し、本当に感動的な集いであった。
ご存知の通り、昔、カトリックとプロテスタントは同じキリスト教内の派でありながら、お互いに意識的に距離を取る時代が長くあった。しかし約50年前、カトリック教会で開かれた『第二ヴァチカン公会議』が、そこに決定的な変革を与えた。それは、『エキュメニズム運動/教会一致運動』だ。
 これによってカトリックとプロテスタントの両方が反目しあうのではなく、両方が共に祈り、助け合い、共に神を賛美しようと、協力一致に向かうことになった。それ以来、お互いに交わりを持つ集いが多くの所で、次第に着実に、浸透していったのである。今回も両派の人たちがなんの違和感もなく、両方が言葉を軽く交わし合う姿を見て、嬉しく思った。
 さて、今回の教会音楽祭。私が中でも特に印象に残ったのは、県内の果てから来たM学園教会の知的障害者の30人ほどの子どもたちによる合唱だった。
 彼らは知的あるいは身体的に、ハンディキャップがある。だからふだんは、世間から顧みられることの少ない子どもたちに違いない。その子どもたちが千葉市という大都会に出てきて、大ホールで何百人もの観客を前にして、歌と手話を見事に披露した。
 このような形で神さまを賛美したのは、おそらく彼らの人生の最大の晴れ舞台の一つになったことだろう。みなおそろいの茶色のユニフォームを着て、子どもたちは歌と手話で神さまを賛美した。歌は少しぎこちない。だが精一杯歌っている。力一杯演じている。彼らのその姿の合唱が終わると、いままでで最高の満場の拍手だった。なぜだろう?
それは、みな無意識のうちに気づいていたからだ。この子どもたちがプログラムに入ったからこそ「これぞ教会の音楽祭」。そう、思ったからだ。
 この子どもたちは、社会的に見ると弱者だ。世間一般からは、なにかとすぐ切り捨てられがちな子どもたちだ。
しかし、イエスさまの説く福音の価値観は、世間とは違う。福音は、世の中の弱者をあえて顧みること、そして積極的に関わっていくことだ。
 だから『教会音楽祭』といくら銘打っても、この福音の視点を欠いてしまっていたなら、世の中の合唱団の単なる発表会の一つに下手すると成り下がってしまう。
 教会音楽祭の関係者はよくぞ、この子どもたちの存在に気づいてくれた。子どもたちは実に、イキイキとしていた。すばらしい歌と演技だった。自分たちの居場所を見いだして、嬉しかったのだろう。

私たちは日常を振り返ってみて反省することは、キリスト信者として、当然気づくべきことに気づかずにいることが多いのではないか。キリスト信者とは、主イエスの目で日常を見、主イエスの視点で世の中を考える者のことだからである。