トップ >  信者の方へ >  司祭のお話 > 

てくむ 2010年10月号

司祭のお話 てくむ 2010年10月号

聖母の被昇天 

主任司祭 パウロ 小林 敬三


 聖母マリアのことを聞くと、すぐ思い出すのがグレゴリアン聖歌『Salve Regina /サルヴェ・レジナ』である。
 昔カトリック教会では、ラテン語の歌、グレゴリアン聖歌を御ミサ中歌った。私たちも神学校時代、日々歌った。中でも『サルヴェ・レジナ』は、「元后あわれみの母マリア」という意味で、神学校の生活で毎夜、暗い御聖堂で全員で立って歌い、
 「 Salve Regina ~ 」終わると就寝に入ったのである。翌朝の朝食後まで沈黙を守らなければいけない。そういう習慣があった。
 冒頭のサルヴェ・レジナをソロの人が歌うと、全員が歌うのである。

 「 元后あわれみの母 我らの命 よろこび   我らの希望 旅路からあなたに叫ぶ   エバの子 嘆きながら 泣きながらも   涙の谷にあなたを慕う   我らのためにとりなす方   憐れみの目を我らに注ぎ   尊いあなたの子イエスを   旅路の果てに示してください   おお慈しみ恵みあふれる   よろこびのおとめマリア 」

 つまり「おやすみなさい」ということである。従って、もう一カ所でよく歌われる。それは、司祭の葬儀ミサだ。もともと司祭の葬儀ミサは非常に簡素で、花が一本掲げられるかどうかで、あとは司祭たちが心をこめて葬儀ミサが捧げられる。そして一番最後、出棺の時に司祭団全員でお棺を囲み、歌い始めるのである。
「 Salve Regina ~ 」
非常に荘厳で、非常に印象深い、非常に心のこもった、おやすみなさい。いつも感動する場面である。
さてこの夏、教会の行事も無事終わって、私はいつもの通りテニス好きの仲間の神父たちと白子に行った。温泉に入ってくつろいだ翌朝、台風の余波の雨で、とてもテニスはできない。どうしようか?
「そうだ、宮田君とこ行こう」
宮田とは、かつて私たちのテニス仲間の、さいたま教区の司祭だ。よくしゃべる男である。のべつしゃべるので、私たちはこう言っていた。「壊れたラジオ」。
ところが彼は4年前、ある集会で脳梗塞で倒れてしまった。それからずっと、病院に出たり入ったりを繰り返していた。そこで白子から千葉を抜けて、彼の病院のある東京郊外の清瀬まで我々は見舞いに行った。
病室に入ると、点滴を受け衰弱しきっている様子だった。あのおしゃべりの宮っちゃんが、しゃべれない。かすかに唇は動く程度だ。自分の意志は、書き板を使って、指先でかろうじて表すのである。
「ボクだよ、鈴木だよ、わかるか、宮っちゃん」。4人がひとりづつ、宮っちゃんに語りかけて握手すると、かろうじて、その握手が返ってくる。ひとりづつ、お見舞いの言葉を言い、最後にベッドのまわりに訪れた4人が立った。すると突然、ひとりが歌い始めた。
「 Salve Regina ~ 」
みな続いて一緒に歌った。
終わると宮っちゃん、かすかに唇を動かした。「ありがとう」。そして書き板に指を持っていった。
「あ・り・が・と・う・で・も・お・れ・は・ま・だ・し・ん・で・な・い」
悪かった。私たちは司祭だ。そこのところは割り切ってしまっているから、「もう会いに来れないよ。みんな教会で忙しいから。だから最後だよ」という意味で「サルヴェ・レジナ」を歌ったのだが、あっちにしたらとんでもないことで、冗談じゃないよということだろう。
人生の最後の最後に、最大のユーモアを彼は言ったのである。「まだ死んでないよ」。このすばらしい心の余裕は、なにものにもとらわれない、自分の死に関してもこだわらない、内的に解放されているなによりの印である。これも被昇天のマリアさまの取り次ぎによるのではないか、と思った。