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てくむ 2010年4月号

司祭のお話 てくむ 2010年4月号

「7本指があるんです」

主任司祭 パウロ 小林 敬三

先日ある方からお手紙を戴いた。とても感動する内容だったので、ここでご紹介したい。
 「過日、7本指のピアニストがピアノを奏でるのを聴きました。大半の方がきっと、7本でピアノができるの?と驚きと疑問を抱くことでしょう。初めてのリサイタルで、最も難しい曲の一つと言われるショパンの<革命>を見事に弾きました。そして聴衆に大変な感動を与えました。そのピアニストの名前は小林夏衣さんです。彼女はこう言っています。
 『生まれた時から指が7本だから、私にとってこれが自然です。もし10本あったら気持ち悪いし、困ってしまう。3本指がないんじゃなくて、7本指があるんです』
 ごく自然に、軽い笑みを浮かべながら話す姿に、私は胸に熱いものがこみ上げて来ると同時に、恥ずかしい思いも致しました。あるものに目を向けていくと、そこに必ず『有り難い』という世界が広がっていることを知る事ができました。ないものを欲しがるのでなく、あるものに感謝します」
  私もとても感動した。ふだん私たちは、この反対ではないだろうか。「これも足りない、あれも不足している」と言っては周囲に当たり散らしたり、神様に文句を言ったり、それが毎日の私たちの現実の姿ではないだろうか。  
 このピアニスト小林さんのすばらしさは、現実の己の貧しさをすなおに受け入れる、その謙虚さと、その大切さである。
 ないものを欲しがるのではなく、残っているものに感謝する――、これは私たちが幸福になるひとつの大事な秘訣である。

神の民イスラエルは飢饉に出合い、隣国エジプトに民族移動する。しかし、かの地に40年滞在中、エジプト王に奴隷にされ、厳しい労働に苦しみあえぐ。そこで憐れみの神はイスラエルの民をモーセを先頭に立て、出エジプトへと導く。
奇跡的にエジプト脱出に成功した民は、故国乳と蜜の流れる地に帰るため、40年間荒れ野をさまよう。時に水がなくなり、敵に攻められ、食物が不足し、疫病が蔓延する。
そのつど民は、リーダーのモーセに不平文句を言う。「なぜこんな荒れ野に連れ出したのか」。「こんな所で飢え死にするより、むしろエジプトで奴隷でいた方がよかった。ともかく食物はあったから......」と。
エジプトの奴隷状態からの解放が、自由が、どれほど尊いものであるかを民は打ち忘れ、そして過去の良い思い出のみにひたり、現実への不満に打ちのめされる。
残っているものではなく、自分にないものに目を注ぐ。このイスラエルの民の姿は、我々の日常のとかく写し絵ではないか。
「3本指がないんじゃなくて、7本指があるんです」
あのピアニストは私たちに、信仰者のあるべき日常の心の態度を示している。
神への信仰者の目とは、自分にないものではなく、あるものに目を注ぐべきである。不平不満の日常から、感謝とよろこびの生活に変わり、さらに復活した主に出会うことを通して、真のよろこびに満ちあふれた毎日になりますように。