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てくむ 2009年11月号

司祭のお話 てくむ 2009年11月号

恵みの予約の時

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 房総九十九里の海辺に、御宿という町がある。そこの高台に「日本・メキシコ友好の塔」が立派に建てられている。
 この9月30日、そこで幸田司教様はじめ、千葉県内の100名近くの信者と共に、感動的な記念ミサが行われた。今からちょうど400年前のその日、御宿沖でフィリピンからメキシコに向かう船が嵐で遭難した。地元の人々の総掛かりの救助活動で、乗組員373人中317人が助け出された。その出来事を記念してのミサで、西千葉教会からも有志30名が参加した。
 御ミサのあと、懐かしい一人のご老人に久しぶりに出会った。建築設計家である彼からこういうことをかって聞いたことがある。
 自分は終戦後、20代で結核を発病した。当時は良い薬がなく、ただひたすら栄養をとって安静し、自然治癒を待つしかなかった。病室のベッドに臥して、天井の節穴を数える毎日。いつ治るのか、もうすぐ死ぬのではないか。夢も希望もない当時の心は、「トンネルの中の真っ暗闇同然」だったそうだ。
 「なぜ、人間は生きなきゃいけないのか。なぜ死んじゃいけないのか。早く死んだ方が自分のため。世のためじゃないか」
 いつもこのように、ひまにまかせて毎日ベッドの中で考えていたと言う。
 ある日、新しい入院患者が入って来た。おなじ病室で過ごすうち、その人の穏やかな人柄、謙虚な言葉や姿に、「この人はどこか違う」と思った。やがて、その人がキリスト信者である事がわかった。自分はいままで聖書すら手にしたことがない。しかし、それからキリストの教えに興味を持ち始めた。
やがて幸運にも、彼は健康を回復し、晴れて退院のときがくる。すぐ、家の近くにカトリック教会を探しだし、約1年後、神様のお恵みにより洗礼を受けることになった。
 入院生活は彼にとり、毎日が苦しい無味乾燥の日々だった。来る日も来る日も、死だけを考える、真っ暗闇のトンネルの中の6年間だった。しかしいま、
「あれには意味があった。あの真っ暗闇のトンネルがあったからこそ、おかげさまで結果的に神様と出会う事ができた。」
と思うようになった。
いみじくも彼は言った。
「あの真っ暗闇のトンネルは、神の恵みの予約の時でした」
思うに、人生とは山あり海ありの毎日である。しかしたとえどんな暗闇のトンネルに突き落とされても、神の恵みの下に日々歩んで行けますように。神様の愛のまなざしの中に立ち直ることができますように。そして主の支えの下、この世のものへのあるゆるこだわりから自由にされ、解き放たれますように。そして感謝のうちに日々、過ごすことができますように。