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てくむ 2009年10月号

司祭のお話 てくむ 2009年10月号

帳尻合わせの下手な人

主任司祭 パウロ 小林 敬三

 世の中は沢山の人によってできている。みんな健康である事を祈っている。でも、やむを得ず病気の床に伏してしまう場合もある。
 昔少なく、いま盛んにある病気の一つ。それは「ウツ病」であろう。戦争中はあまり聞いた事がなかった病だ。しかしこの頃は外から教会にかかってくる初めての電話の人の三分の一は、「ウツかな?」と思われる方からである。
 「心の風邪」と言われるのがウツ病で、誰でも簡単にかかってしまう病気だそうだ。その特徴は、睡眠がよくとれない、食欲がない、なにやっても無気力である。あるいは絶望感、悲観、物事を暗く暗く考えてしまう。しかし、いまはほとんど薬で治癒可能と言う。
 なぜ一体、人はウツにかかるのだろう? あるいはどういう状態の人が特徴としてなりやすいのだろうか。専門家は言う。ウツ病の人の特徴は、
 「帳尻合わせが下手な人」だそうである。
 例えば、家庭の家計簿の支出と収入を見て、一昨年赤字だった。昨年を調べたら、去年もまた赤字だった。では今年も赤字だろう、と悲観する。でも実はほかの項目に目を向ければ、収入はある。だから赤字になるはずないのに、マイナスの部分、赤字の部分ばかり見てしまって、「今年もまただめだろう」。そう、暗く暗く考えてしまう。マイナスにマイナスに考えてしまう。そういうタイプだそうだ。
 私たちは毎日人生街道を歩いていて、失敗とか過ちをいろいろ犯して生きている。過去の自分の失敗ばかりに目がいって、いつもそれを思い出して、いつも悲観的になってしまって、「だから自分はダメな人間なんだ」と思う。そのように自分を追い込んでしまう。ウツの人が帳尻合わせの下手な人というのは、こういう意味である。
 過去の暗いことばかりに執着するとはつまり、 「感謝がない」ということだ。これは不幸な人間の一つの印だ。この事実に私は、人類の救いのために神から選ばれた、あの<神の民イスラエル>を思い出した。
 いまから3千年以上前のこと、神の民は、自分の国に飢饉が起きたので隣りの国エジプトに移動する。ところがエジプトに滞在する400年もの間、エジプト王によって奴隷にされてしまう。そこで神は憐れみから、イスラエルの民をエジプトから脱出させようと、モーゼを選ぶ。そして彼を先頭に立ててエジプトを脱出させたのである。これが有名な出エジプトだ。彼らは40年間、荒れ野をさまよう。その間どういう出来事があっただろう?
 敵が攻めて来る。水が不足する。パンがない。疫病が流行る。そのつど神の民はパニックだ。そしてさらにそれが高じて、彼らは指導者モーゼに喰ってかかる。
 「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに」

(出エジプト記16・3)

 民全体がこのようなマイナス思考で、ウツ状態に陥る。彼らは奴隷の状態から解放され、ともかくエジプトを脱出できた。そのありがたさ、自由と解放の喜びを全く打ち忘れてしまう。
 神の憐れみによって、囚われの鉄の鎖から解放されたのだ。この事実がどれほど深い意味があるか、どれだけ深い喜びか。イスラエルの民は、それがどんなに彼らにとってすばらしいことかに、とんと気づかない。マイナス面ばかりが目につき、それを拾い上げ、モーゼに喰ってかかる。つまり、帳尻合わせが下手なのである。
 我々も日常生活を振り返って見た時に、この帳尻合わせが下手なことが多い。「ああすべきだった」。「こう考えればよかった」等、いまさらどうしようもない過去のことを思い起こし、自分を縛りつけていないか。
 ある黙想会の折、一人の青年が自分の人生を振り返って、いみじくも言った。
 「私は反省はするが、後悔はしない」
 反省は未来に開かれているが、後悔は過去に自分を縛りつける、と。
 主は復活されたのだ! そしてその主は今日も共に歩んで支えて下さっている。復活されたイエスと共に歩む人にとり、人生は永遠に黒字の帳尻である。ありがたいではないか、うれしいではないか。