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てくむ 2007年12月号

司祭のお話 てくむ 2007年12月号

ご降誕祭にあたって
    ~富永麻樹ちゃんのこと~

主任司祭 小林敬三

 主のご降誕おめでとうございます。人類の救いのために人となられた神の御子イエス様の祝福が、みなさまの上に豊かにありますように。

 クリスマスが近づくと、かつて出会った富永麻樹ちゃんの生涯の出来事を思い出す。十数年前、東京都心の麻布教会に私がいた時のことだ。ここの教会と同じように教会の敷地に幼稚園があって名前をみこころ幼稚園と言った。<みこころ>とは聖なる心、キリストの心のことで、すなわち愛の心だ。その幼稚園に通う、5歳の女の子の麻樹ちゃんが亡くなったのである。突然白血病になり、目が見えなくなった。それでも毎日両親に連れられて、麻樹ちゃんは幼稚園に通い続けた。そして一年後に亡くなり、教会の葬儀には沢山の子どもと親たちが参列した。お通夜の後、もう誰もいなくなった御聖堂から最後の最後に、お父様がひとりで出て来られた。改めてお悔やみを申し上げ、御聖堂の前でしばらく麻樹ちゃんについて立ち話をした。そしてお父様の話から、私は二つのことに感動した。

 一つ目は、白血病になってから、両親に一度も麻樹ちゃんは尋ねなかったそうだ。「なぜわたし目が見えなくなったの?」。一年間全く聞かなかったという。「自分だけなぜ見えないの?」とも、一言も訊かなかった。もし言われたら、親としてどんなに辛かっただろう。なぜ我が子だけがこんな病気になってしまったのか、悲しむだろう。つまり親を困らせまい。親を心配させまい。そういう心が、5歳の子どもに、そうさせたのである。私たち大人でも、ある日突然失明したら?きっと落ち込み、イライラし、時にはまわりの人に当たり散らすだろう。5歳のあの子は子どもだから余計、「なぜ見えないの?」。そう聞きたくなったはずだ。しかしおそらく親の事を慮って、言わなかった。人間は、つくづく年齢ではないなと思う。

 感動した二つ目は、ある日、お父さんが迎えに来て、門の外から我が子を眺めていた時のことだ。幼稚園では一日が終わると、子供たちは御聖堂の前に整列して、お祈りをして、先生とお別れのご挨拶をしてから帰ることになっていた。見ていると、多くの子どもが落ち着かず、目をキョロキョロ方々に向けたり、隣の子といたずらしたりしていた。しかし、麻樹ちゃんは違った。いつも、遠くの空の一点に目を向けて、実に堂々としていた。これは親にとって、とても救いだったと仰った。目が見えない、そういうハンディキャップに堂々としていた。

私たちはみなそれぞれ、その人なりのハンディキャップを持って生きている。人には言えない欠陥を抱いて生きている。そしてその弱みを人から隠したがる。その結果、心を他人に開かず、いつも構えて背伸びをし、その不自由さから却って自分のハンディに落ち込んだり、暗くなったり、イライラしがちになる。ところが、5歳の麻樹ちゃんは堂々としていた。つまり、そのハンディに負けていなかったのだ。打ち克っていたのである。「みこころ」は、聖なる心、キリストの心。キリストの心は愛の心。愛の心とは、相手の立場に立って考えて行動すること。そして相手のために、命すら与えてしまうこと。同時に、みこころとは、この世のつまらないことに振り回されないことだ。この世のちっぽけなことに、がんじがらめにならないことだ。

 麻樹ちゃんは、苦しみをまわりの人に打ち明けないことにより、いつの間にか、親の立場に立っていた。苦しみに、ハンディに堂々としていたことによって、失明という苦しみに振り回されていなかった。麻樹ちゃんはいつの間にか、キリストの心、みこころの内に生きていたのである。

   「世に勝つ者はだれか。それはイエスを神の子として信じる者ではないか」
(ヨハネ5章)

 麻樹ちゃんは、失明という理屈に合わない運命を背負わされたのに、この苦しみに見事に打ち克てたのである。人はいかに長く生きるかではない。短くとも、いかに意味ある人生を送るかこそが大切なのである。麻樹ちゃんは5歳の生涯でありながら、お生まれになる主イエスの精神に生き抜いたのである。キリストの降誕。それはみこころの誕生の祝いでもある。