トップ >  信者の方へ >  司祭のお話 > 

てくむ 2007年11月号

司祭のお話 てくむ 2007年11月号

いつも「神に賛美と感謝を」.......。

主任司祭 小林敬三

 先日、東京永田町の新しい首相官邸に招かれて行って来た。祝別をするためである。各部屋に聖水を振りかけ、祈ってきた。5階建ての総ガラス張りで、近代的で隅々まで合理的に設計された建物だった。

 およそ世の中の人間の経済活動、法律制度などは、合理的に作られ、運営されるよう、務められている。ところが私たちの人生は、必ずしも合理的とは限らない。時には理屈に合わないこと、とても納得しがたい理不尽なことが多い。
先週、いつもの通り高宕山の山歩きから夕方帰ってきて、その日の朝刊を見て驚いた。たったいま私が歩いて来た山道で、十時間前に7歳の女の子が崖から落ちて死ぬ事件が起きていた。いままで150回以上あの山を歩いている私のような老人は生き、7歳のあの女の子はなぜ、死んでしまったのか。ご両親にとって我が子の死は全く理解できない、理屈に合わないことだろう。

 理屈に合わないことと云えば、私たちの救い主イエス・キリストのご生涯は、まさにその典型だ。いまから2千年前、キリストは神の御ひとり子、罪なき方であるにも関わらず、人々の救いのために人となった。ユダヤの人々に福音を説き続け、神の愛の教えを広めるために寝食忘れて尽力された。にも関わらず、多くの人々から誤解され、非難され、最後はあの十字架上の死である。私たちの罪の救いのために、自ら贖いの業として命をお捧げ下さったのだ。理屈に合わないとは、このことだ。そして母マリアがその十字架の傍らで、我が子の死をジッと見守った姿は、私たちが深く黙想すべき事実である。

 十人の重い皮膚病を患った人たちが、遠くから主イエスに声を張り上げて言った。
「わたしたちを憐れんでください」
イエスは言われた。

   「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」

 そして祭司のところへ行く途中で、彼らは癒された。ところが嬉しさのあまり、彼らはみんな、そのまま行ってしまう。ただ一人だけ、イエスに感謝するために戻った。(ルカ17章)

 当時、この重い皮膚病は人々に大変恐れられていた。患者は無理矢理家族から引き離され、同じ病人が集まる谷底に連れて行かれ、親族が吊り下ろす食べ物で生涯を送るしかない場合が多かったようである。なぜ自分がこんな厳しい病気を運命として背負わなければいけないのか? その理不尽に苦しみ、悩み、それぞれが言葉に尽くせぬ暗い人生を送っていたことだろう。ところが、この理不尽さがきっかけになって、彼らはイエス様に出会い、主イエスに癒され、社会復帰をする幸いを得ることができた。
それなのに、あんなに主イエスに助けを求めながら、いざ癒されると、ただ一人を除いて、みな知らんぷりして、それぞれ家に帰ってしまった身勝手さ。これは私たちの日常の姿ではないか。

 私たちキリスト信者とは、神様の恵みの業を思い起こし、常に感謝する人の群れである。
私たちは日々、理屈に合わない出来事に出合い、己れの悲しい運命に胸が裂かれる思いをすることが時にある。しかし、そのようなことに翻弄(ほんろう)されず、主日ごとにミサに集まる。そして人々と共に神様を賛美する。神様に感謝する。なんと、素晴らしいことだろう。