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てくむ 2007年10月号

司祭のお話 てくむ 2007年10月号

北穂高を登って来たの。すごいでしょ!
   -誇る前にふりかえる-

主任司祭 小林敬三

 北アルプスの中でも一番危ないと言われる北穂高に登って来た。標高3196メートルの岩肌だらけの山で、私は岩に打ち付けられ、足を滑らせ、全身いまも傷だらけだ。

 西千葉から高速道路で長野県の松本に行き、上高地から6時間歩き続けて雪渓の涸沢に着いた。翌朝6時半に山小屋を出ると、空はもう小雨模様で、ゴロゴロ雷も鳴りだした。急な岩肌をひたすら、雨の寒さと疲れの中、4時間かけて登り続けた。
頂上で15分休憩して、すぐまた、今度は3時間かけて下りた。確かにいままで登った山で一番難しく、危険な山だった。

 なぜ、何の技術もない私がこれほど難しい山を登れたか?考えると理由はいくつかある。そしてそのどれか一つでも欠けていたなら、私は1メートルも登れなかっただろう。

 まず、巨大な岩には鉄の梯子(はしご)が、地元の山岳会によって架けられていた。鉄梯子の架けられない形の岩には、足をかけて登るようにボルトが間隔を置いて打ち込まれ、手でたぐって登れるように鉄鎖もついていた。
要所要所には「左 ○○小屋まで何キロ」と、標識が立っていた。また、石にペンキで○×の印が書かれていた。これは○を探して進めばいい。ところがしばしば、いくら歩いても○も×もないことがあった。それはすでにコースをはずれている証拠で、その度に時間をかけてやっとの思いで、もとのコースにもどった。
足下の不安定な岩には、登山者が転ばないように小さな石が詰めてあった。踏むとズルズル滑り落ちて危ない斜面の砂利は、金網の袋に袋詰めされ、階段状に積み上げてあって、極めて登りやすくされていた。

 私は息を切らせつつ、それらに出合う毎に「感謝、感謝」と心の中で言いながら登った。ところが普通、登山客は一般にそれらがあるのを当然と思って、感謝をつい忘れがちだ。頂上から下りて山小屋で昼食を食べていた時だ。一人の女性登山客が飛び込んで来るなり得意そうに大声で叫んだ。

   「北穂高を登って来たの。すごいでしょ!

 確かに自分の力で登って来ただろう。しかしその9割以上は、ボルトや標識などのおかげ。山岳会の陰の力があったからこそだ。この人は自力で登れたうれしさのあまり、登れた本当の理由、真実を見るゆとりがなかった。これは、私たちも同じだ。

   「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。むしろ末席に座りなさい
(ルカ14・8,10)

 私たちは、自分はこれだけのことをしてきた人間だとやたらすぐ自慢し、他人に対し優越感を抱きがちだ。他人を見下し、自分を振り返る見識や、謙虚さに欠けがちである。つまりそれは自己中心だし、罪のなせる業だ。
人生を振り返って、自分の力だけで生きて来たと誰が断言できるだろうか?沢山の人々の助言や支え、助けや励ましが必ずあったからこそではないか。人間の力なんて、所詮たかが知れている。

 今月は「ロザリオの月」。ロザリオで聖母に祈りを捧げながら、陰に陽に、いますでに神様から与えられている恵みの事実を思い起こそう。そしてその神様の偉大な配慮に気づき、感謝し、御名を賛美しながら、神の子として聖母マリアに倣い、謙虚さを一層身に着けていきたい。